はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 121 [迷子のヒナ]

ジャスティンはこわごわと、ヒナと出会ったいきさつをニコラに説明した。
弁解がましいのは分かっていたが、あの時、ヒナが倒れていた場所周辺を捜索したことももれなく付け加えておいた。すると、ニコラが驚くべき事を口にした。

「それに関して言えば、範囲を広げて捜索していても無駄だったでしょうね。おそらくあなたがヒナを発見した時には、すっかり片付いた後だったでしょうし」

「すっかり片付く?いったい誰がそんなことを?事故は追剥ぎの仕業だろう?」ニコラを質問攻めにする気はなかったが、これでは辻褄が合わない。追剥ぎは金品を奪ったらすぐに逃げ去るはずだ。事故の処理などするはずがない。

「そんなの決まっているわ!ウェルマス一帯はクレイヴンのものでしょう。あの忌々しい男がやったに決まっているわ!」ニコラは興奮し、声を荒げた。

ジャスティンは絶句した。なんてことだ。よもやここでクレイヴンの名を耳にすることになるとは。

「クレイヴンと事故がどう結び付く?」やっとのことで訊き返したものの、あまりの驚きに声が掠れてしまっている。

「彼のお膝元で追剥ぎが好き勝手しているなんて、世間が聞いたらどう思うかしら?彼の評判はずたずたになるのは必至。自尊心の強い彼がそれを許すはずない。それから、事故ではなく事件よ。これは」ニコラは強い口調で言った。

「ちょ、ちょっと待て。俺はクレイヴン卿がどんな人間か知っている。確かに自尊心は強いし、自らの思い通りに事を運ぼうとするきらいがある。だからといって、さすがに事件そのものを揉み消すなんて――死者も出ているんだぞ、そんなことあり得ないだろう」

正直クレイヴン卿の事は好きではない。だが、彼はアンソニーの父であり、コリンの父である。かばうつもりがなくても、自然とそうなってしまうのは仕方のない事だ。その一方で、彼ならやりかねないという思いで頭がいっぱいになっている。

「今回ばかりは手際よくするしかなかったんでしょうね。なにせ伯爵の娘が被害者なんですもの」ニコラは苦痛に顔を歪めた。親友の死をこういう形で口にするのは耐えられないのだろう。それでも、声は落ち着いていた。「実際、どういうふうに処理されたのかはまだ分からないのよ。でも、そこにラドフォード伯爵が絡んでいるのは間違いないのよ。二人が結託して、事件を揉み消し、娘の死をも揉み消した――」

そこで邪魔が入り、ニコラは口を閉じた。ジャスティンは戸口に目をやり、数カ月ぶりに会う甥っ子に顔をほころばせた。

つづく


前へ<< >>次へ
 

よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0)  コメント(0) 

迷子のヒナ 122 [迷子のヒナ]

「ジャスティンおじさん!」そう言ってバタバタと駆けよってきたのは、十一歳になるライナスだ。ニコラと同じ緑色の瞳を輝かせて、歓喜の悲鳴を上げている。こんなに歓迎してくれるとは。ジャスティンは思わず微笑んだ。

「元気だったか、ライナス」手を伸ばし、柔らかな金髪をくしゃくしゃにしてやると、ライナスはきゃははと顔をくしゃくしゃにして笑った。

「ライナス。おじさんがここに来ていることは秘密なんだからな」未来の公爵が現れた。長男でヒナと同い年のベネディクトだ。容姿は父親にそっくりで――つまりはジャスティンとも似ているという事だ。

「ベネディクト、学校は?それから、おじさんと呼ぶのはよせ」ひどく年老いた気分になる。

「特別に休みを貰ったんだ。お母様の面倒を見なきゃいけないから」

「いやだわ。ここにもわたしを老いぼれ扱いする人がいるなんて」とニコラが声をあげた。

「違うよっ!お母様はいまはお腹に命を宿しているから、無理は出来ないでしょう?だからジャスティンの秘密の訪問の手助けをしなきゃって」ベネディクトはむきになって言った。さっきまでの取り澄ました態度はすっかり消え失せ、母親を心配するただの子供に戻っている。というよりもその姿は、母親を偏愛する典型だ。

「あなたたち、食事は済んだの?」ニコラが訊いた。

「まだー!おじさんと食べるから」答えたのはライナスだ。「ね、おじさん」と言って、ジャスティンの隣にちょこんと座った。

「まあ、そうなの?今夜は遅くなるから二人で済ませなさいと言っておいたでしょう?」

ニコラの咎めるような口調に、ベネディクトが弁解する。

「遅いって言っても、いつもよりもたった二時間遅いだけでしょう?だったらみんなで――」

ベネディクトの訴えを、ライナスが遮った。

「ヒナも一緒?」

「ヒナに会ったのか?」とジャスティン。すでに嫌な予感がしている。

「うんっ。ヒナは言葉が通じないんだ。ね、お兄ちゃん」

「違うよ。何を言っているか理解できなかったんだ。すごく訛っていて」ベネディクトは軽く肩を竦め、母親の傍に腰をおろした。

「まさかそれをヒナに言っていないわよね?ライナス」ニコラはぎこちない笑顔を顔に張り付け、おそるおそる尋ねた。

「言ってないよ。お兄ちゃんにきいただけ。ヒナはなんて言ったのって」

ニコラが呻いた。それでは言ったも同然だ。

屈託のないライナスの言葉に、ジャスティンも苦笑いを浮かべるしかなかった。ヒナが泣いていなければいいが、と心配しながら。きっとヒナは傷ついただろう。言葉が通じるようになるには随分と時間が掛かったのだ。最初の半年ほどはほとんど身振り手振りでしか、お互い意思疎通ができなかった。いまも、まあ、似た状況のようにも思えなくもないが、それでも、この三年でヒナは生まれてからまったく知らなかった言葉をほぼ問題なく喋れるようになっている。世の中にこんなに口が達者な三歳児はいないはずだ。

ヒナのことを考えただけで、ほんのわずか離れているのにも耐えられなくなった。いますぐ膝に乗せ、その存在を肌で感じたい。キスをし、愛撫をし――ああ、ヒナを抱きたい。それだけはしてはいけないと、あれほど自分に言い聞かせていたのに、ここにきて自制心が全くきかなくなっている。

いったい、なぜだ。

つづく


前へ<< >>次へ
 

よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0)  コメント(0) 

迷子のヒナ 123 [迷子のヒナ]

背中で音を立てて扉が閉まったとき、正直、ヒナはホッとしていた。
元来人見知りをする性質ではないのだが、この時ばかりは違った。それはもしかすると、ジャスティンによく似たベネディクトに冷たい態度をとられたからかもしれない。

「ダン、ありがと」と言った時、ヒナは自分の声が震えていることに気づいた。

ジュスの顔であんなこと言うなんて卑怯だ。ベンのやつ!すごく悲しくなっちゃった……。でも、ベンはジュスじゃない。だから気にしない。それにコリンと違って、ベンはライバルじゃないし。

この切り替えの早さは、ヒナの得意技でもある。ダンもそれを後押しする。

「ヒナ、気にすることないからね。あいつきっと、わざと言ったんだ。さ、上着脱いで――」

ダンがヒナの上着に手を掛けた。ヒナは上の空で袖から腕を引き抜き、ダンに訊き返した。

「わざと?どうして?」

「自分の立場が上だってことを見せつけたかったんだろう?よくあることだよ」知った口をきくダン。そうとも知らず、ヒナは、ほおぉっと感嘆の声を漏らし、ダンに脱がされるまま裸になった。

そしてまたしても、下着まで脱がなくていいと指摘され、足元に落ちた下穿きをのそのそと定位置に戻すと、新しいシャツに袖を通した。ダンは器用に立ったままのヒナにズボンを穿かせると、不意に言った。

「特に同い年には妙なライバル心を抱くしね」

「ライのこと?」

どちらかといえば、ライナスはまだ好意的だったと思うのだけれど……。というヒナの大いなる勘違いを、ダンはいともあっさりと訂正する。

「違いますよ。ライナスはヒナよりも四つも年下の十一歳。ヒナと同い年は、兄のベネディクトの方です。身長は随分のあちらの方が高いですけどね」

ヒナはぽかんとした。
そして一瞬の間を置き、頭が動き出すと、途端に憤りが湯水のごとく湧きあがってきた。

そんなのってないっ!同じ歳なのに、ジュスにそっくりの顔で偉そうにしてっ!ううん。ちっとも似てない。ジュスの方が髪は黒いし、目だってもっと黒い。背も全然高いし、ヒナを抱き上げる腕も筋肉もりもりだ。唇は柔らかくて、ヒナをあっさりと食べちゃうんだ。

キスは帰るまでおあずけかな……。

「ヒナッ!ズボンのボタンが留められないから、変な妄想はやめて!」

ダンは懇願した。

つづく


前へ<< >>次へ
 

よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2



nice!(0)  コメント(0) 

迷子のヒナ 124 [迷子のヒナ]

円テーブルを囲んでの夕食はヒナにとって初めての体験だった。

誰がどこに座るのかは早い者勝ち。上座も下座もない――厳密にはあるのだが――自由な食卓だ。

一番乗りだったのはライナス。食事の支度が整ったと執事が告げるや否や、居間から飛び出して行った。そのあとを追ったのはヒナ。そしてジャスティン、ニコラ、ベネディクトと続いた。

食堂は東棟の端にあり、家族用のこぢんまりした空間だ。天井までの高さのある窓がいくつも並んでいて、そこから庭へ出られるようになっている。壁には家族の肖像が掛かり、暖炉の上には色彩豊かな陶器が等間隔で並べられている。整然とされている様は、ニコラによるものなのか、使用人がただ単に几帳面なのか。

部屋の中央にあるテーブルの、出入り口から一番遠い場所にライナスが座った。これからやってくるみんなを正面から確認できる席だ。ヒナはライナスの右隣の席に着いた。庭が見渡せる。もちろん明るければの話だが。更にその右隣りにはジャスティンが座った。ヒナは喜びのしるしに、ほんのわずか椅子をジャスティンのほうに寄せた。

ニコラは窓に背を向けヒナの向かい側に座り、最後に残った席――ジャスティンとニコラの間にベネディクトが座った。

「お腹空いた!お母様、今日はなにかな?」ライナスがぐうとお腹を鳴らした。

「チーズグラタンだよ」とヒナはにこやかに答えた。

「ええ……またぁ。昨日もだったんだよ」唇を突き出し不満を訴えるライナス。

「ライナス、文句を言うな。お母様と僕たちの弟が欲しがっているんだ」ベネディクトがぴしゃりと言った。

ベネディクトに諌められたライナスは、はぁいと小声で返事をし、ヒナにおどけた顔を見せた。お兄ちゃんはいつもこうなんだよ、と。

「あら、ベネディクトにはこの中の子が弟だって分かるの?」ニコラは面白がって自分のお腹を指先でつついた。

「あ、いいえ」ベネディクトは頬を赤らめた。「ただ、弟だったらいいなと」

ニコラは周りに視線を巡らせ、きっぱりと言い切った。「わたしは女の子がいいわ」

ジャスティンはニコラのミニチュアを想像して顔を顰めた。「俺は男の子だな」

「ヒナは弟が欲しい」とヒナも便乗する。

ヒナは母親に弟が欲しいと何度も迫った事がある。その姿を想像してか、ジャスティンとニコラは微笑ましげにヒナを見つめた。

その様子にベネディクトが穏やかざる目つきでヒナを見ていたことは、幸か不幸か、誰も気付いていなかった。

つづく


前へ<< >>次へ
 

よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0)  コメント(0) 

迷子のヒナ 125 [迷子のヒナ]

晩餐は和やかな雰囲気のなか過ぎていった。
ジェームズに言われた通り行儀よくしていたヒナは、すっかりライナスと打ち解け、たくさん喋ったあげく、話題は家庭教師のことへおよび――

「ヒナの先生はアダムス先生って言うの」と言って、ヒナはふと眉間に皺を寄せた。

アダムス先生にお出掛けすること言うの忘れちゃった。図書室で待ってたらどうしよう。

「えっ?ヒナの先生は男の人?」ライナスが意外そうに訊き返した。

「うん。ライは違うの?」

「僕の先生は女の人。ミス・デーモンって言うんだ」ライナスはしかめっ面をし、食べ残しのパンを空の皿と共に向こう側へ押しやった。

「ライナスッ!ミス・デイズリーのことをそんなふうに言うもんじゃありません!」ニコラが眉を吊り上げた。

ヒナはライナスの言葉の意味が分からなかったため、なぜニコラが怒ったのかさっぱり理解できなかった。説明を求めてジャスティンを見るが、無言で軽く肩を竦めただけだった。

「だって、ミス・デイズリーは――」そこまで言って、ライナスは口を閉ざした。本当は言いたいのにといった様子で、兄に目を向けるが、ベネディクトは首を小さく振ってそれを止めた。

だがヒナはそれに気付かない。

「ミス・デーモンは、なんなの?もしかして悪い人なの?」とライナスの表情をくみ取って尋ねた。

ライナスはハッと目を見開いてヒナを見た。同意のしるしに何度か首を縦に振り、それから兄ではなく母親の反応を伺った。

察しのいいニコラは怒りに顔を真っ赤にし、口元をわななかせていた。

「あの女が何をしたのか言いなさい。ライナス」息子を怯えさせたくなかったのだろうが、ニコラの声は悪魔よりも恐ろしかった。

さすがにこの状況を見かねたジャスティンが、極めて慎重に親子の間に割って入った。

「ニコラ、それでは話したくても話せないだろう。ライナス、お母さんに言い難かったらジャスティンおじさんが聞こうか?」

ライナスがわっと泣き出した。
ヒナはびっくりして水の入ったグラスを倒してしまった。驚いたのはライナスが泣きだしてしまった事なのか、それともジャスティンがありえない言葉を口にしたからなのか……。

ジャスティンおじさん?

つづく


前へ<< >>次へ


よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0)  コメント(0) 

迷子のヒナ 126 [迷子のヒナ]

ライナスの話を聞いたニコラはすっかり落ち着きをなくし、子供たちを残して早々に食堂から引きあげた。

「まったく、なんてことかしら。わたしの大切な息子を殴るなんて絶対に許せないわ。あの子はちょっと落ち着きがないだけで、勉強はよく出来るし、とてもいい子なのよ。ああ、ジャスティン。腹立たしくて今にも生まれそうだわ」

ニコラはまだまだ生まれそうにないお腹を抱え、寝椅子の上で身を捩った。

「殴ったとは言わなかっただろう?叩かれたと言っただけだ」ジャスティンは出来るだけ穏やかな口調で言った。ニコラが落ち着いてくれなければ、ヒナについての情報は明日へと持ち越しになってしまう。出来るだけ早くここを立ち去るためにも、話を進めないといけないというのに。

「同じことよっ!」ニコラは鋭くジャスティンを睨みつけた。まるで仇はジャスティンだと言わんばかりに。

ニコラの言い分は納得できる。ライナスが暴力を振るわれていたのは事実だ。ベネディクトが口止めしていたのが気になるが、母親を心配させないためで、他意はないのだろう。だが兄は弟を守るべきだ。決して兄が弟を傷つけるような事があってはならない。その昔、兄から受けた仕打ちを思い出し、ジャスティンの心は痛んだ。

「落ち着きがないのはヒナも同じだ。たぶんライナスよりひどいぞ。でも勉強は頑張っているし、すごくいい子だ」ジャスティンはニコラを元気づけようとそう言ったが、うっかり力を込めすぎた。

「あなた、まるで父親ね」

その言葉に今度はジャスティンが落ち着きをなくす番だった。ニコラが勘違いしてくれてよかった。ヒナへの愛は家族以上のものなのだと気付かれたらお仕舞だ。さすがにニコラとて、二人を引き離すだろう。

「三年も一緒にいるからな」墓穴を掘らない為、言葉少なに答えた。

その時、執事が紫檀の箱を手に居間に入って来た。助かった。これで話題を逸らせる。

「そこに置いてちょうだい。ああ、バックス。あの子たちはいい子でデザートを食べているかしら?」

もちろんだとも、とジャスティンは胸の内で呟いた。ヒナはデザートを目の前にすると、大人しいとは表現できないものの、とてもいい子になるのだ。

執事は木箱をテーブルに置くと胸を張った。
「はい奥様。それはすさまじい勢いで――いえ」適切な言葉を探してか、一瞬口を閉じた。「すでに食べ終えて、その、三人でお風呂に入るそうです」

「まあ!食べてすぐはダメよと伝えてちょうだい」

そう言う事ではないだろう?

「なぜ三人で風呂になんか……そもそも、三人が入れる浴槽などないだろう?」ジャスティンはささやかな疑問を口にした。

「あるわ。古代ギリシャの公衆浴場には負けるけど、大人が五人くらいまでなら一緒に入れるわよ。あなたも一緒に入ってくれば」

「冗談を!」と咄嗟にはね退けたが、それも悪くないと少し思った。甥っ子たちとは遠慮したいが、ヒナとなら一緒に入っても――そう、とても楽しめそうだ。

よからぬ想像をしかけたとき、ふとヒナの特異な入浴方法を思い出した。浴槽に沈み石鹸を洗い流す――そういえばダンは寝ながら入浴して一度も溺れた事はないと言ったが、以前に溺れかけた事があったはずだ。あの時は肝を冷やした。

「まあいいわ」ニコラはおざなりに手を振り、話を切り替えた。ゆっくりと身体を起こし、テーブルの上の木箱に手を伸ばす。まるで毎日磨いているかのように艶々としているその箱を膝に乗せ、ニコラはそっと蓋を開けた。

「この中にはアンからの手紙と写真が入っているの」

ジャスティンは思わず身を乗り出した。

つづく


前へ<< >>次へ
 

よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0)  コメント(0) 

迷子のヒナ 127 [迷子のヒナ]

ベネディクトは不機嫌だった。

なぜ僕がどこの馬の骨とも知れないガキと一緒に風呂に入らなければならない?お母様のご友人の息子だと聞いてはいるが、あんな不作法な人間がお母様のご友人の息子であるはずがない。あいつが余計な事をしたせいで、ライナスがお母様の前で泣くという醜態を晒した。由緒正しきバーンズ家の男としてあるまじき振る舞いだ。

「お兄ちゃん!早くっ!」一足先にバスルームへ駆け込んでいったライナスがご機嫌で兄を呼んだ。

ライナスの声にベネディクトはいよいよ不機嫌になった。ライナスのやつ!泣きじゃくったあげく、ヒナとお風呂に入るなどと戯言を口にし、おかげでこっちは巻き添えを食ったというのに、いやにご機嫌じゃないか。とはいえ放ってはおけない。ライナスとヒナの距離をこれ以上縮めさせるわけにはいかないからだ。

ベネディクトはバスルームに入るとドアを閉めた。そこはベネディクトの衣装室ほどの広さがある。部屋の半分を占める浴槽はタイル張りで、絨毯敷きの床の奥、小さな階段を三段ほどのぼった向こうにある。窓からは月明かりが差し込み、湯気の立ち上る浴槽に光を落としていた。

「ベン!早くっ!」と不愉快な声が聞こえた。

ベン?
聞き慣れない呼び名にベネディクトは声の主に目を向け、ぎょっとした。くだんの不作法なガキがすっかり丸裸になって、こちらを見ていたからだ。ベンとはお前の事だとでも言いたげな目で。

まさか?そうなのか?ベンとは僕のことなのか?

そうと気付いた時には、ヒナは湯船に勢いよく飛び込んでいた。水しぶきがあがり、ライナスがきゃあっと歓声を上げた。

ベネディクトは怒りのあまり言葉が出なかった。それはとにかく、あだ名というものが嫌いだったからだ。バーンズ家の男は自分の名に誇りを持っている。気安くベンなどと呼ばれて喜ぶはずがない。

ライナスはライと呼ばれたことを毛ほども気にしていないようだが、あとできちんと言って聞かせよう。そしてヒナには自分の立場いうものを思い知らせてやる。ジャスティン叔父とどういう関わりで一緒にここへやって来たのかは知らないが、まるで家族か親戚かのように振る舞っているのも許せない。そして何より許せないのは、お母様に馴れ馴れしすぎる事だ。一刻も早く追い出して、平安を取り戻さなくては。

その為にはまずは相手を知る必要がある。

ベネディクトは素早くそして丁寧に服を脱ぎ、几帳面さの欠片もない弟たちの脱ぎ散らかした服をまたいで奥へ進んだ。

浴槽の淵に立った時、ヒナがこちらを見上げて言った。

「ベンのそこにはおひげが生えてるんだね」

つづく


前へ<< >>次へ
 

よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0)  コメント(0) 

迷子のヒナ 128 [迷子のヒナ]

「ほんとだ!お兄ちゃんひげが生えてる!」

ライナスは新発見に歓喜の声をあげた。
これまで気づかなかったのは一緒にお風呂に入るのが、すごくすごーく久しぶりだったから。

「そのうちライナスにも生える」ベネディクトは堂々とソコを突き出し言うと、ライナスが興奮に目を輝かせているさまを満足げな面持ちで見やった。

「ねえ、ベン。ヒナは?」
ヒナは立ち上がって、股間を見おろした。それから自分の竿をいじくりまわし、袋をめくったりして、毛の存在を探した。

「あ!あった!ここ見て」ヒナは股間を突き出し、いったいだれに見せようというのか、ただの産毛に向かって指を差した。

「どこ?」ライナスはヒナの股間を凝視し、毛を探す。「ヒナもまだなんじゃない?お兄ちゃんの歳になったら僕たちにも生えるよ」そう言ってぱしゃぱしゃと浴槽の端まで行くと、窓を背にそこにもたれかかった。

「ヒナ、ベンと同じ歳だよ」ややムッとしたヒナの声。「ライよりも四つも上だからね」そう言って、溺れかけた猫のような仕草で湯をかき乱しながら、ライナスの横に並んだ。

ライナスは衝撃を受けた。自分よりは少しは年上だろうと思ってはいたが、実際うんと大人に見える兄と同じ歳だと言われて、驚くなという方が無理な話だ。

その点は兄も同じだったようで「嘘だろ……」と驚愕の呟きを漏らした。それから咳払いをひとつすると、いつもの何を考えているのか分からない顔つきになって言った。「いくら歳が一緒だからといって、勝手に人の名前を変えるな。僕はベネディクト、弟はライナスだ。最初に言ったはずだ」

お兄ちゃんはあだ名で呼ばれるのが嫌いなんだ。なぜかは知らないけど、たぶん、ジャスティンおじさんの真似だと思う。お兄ちゃんはおじさんが好きなんだ。でもお父様に知れたら大変な事になるからって、絶対おじさんの名前は口にしないんだ。おじさんは、ええっと、なんだっけ?ああ、そうだ!『いちぞくのつらよごし』ってやつだ。きっとおじさんが仕事をしているっていう意味だと思う。貴族は仕事をしたらいけないんだって、ミス・デーモンが言ってた。だから嘘かもしれない。

「ねえ、せっけんどこ?」ヒナはまったく話を聞いていなかった。

「せっけんはそこだ」ベネディクトは右腕を真横に振り上げ、ピシッと音が聞こえそうなほど的確に石鹸を指差した。

ヒナはあからさまに面倒だというような顔をした。「ああ、そこ。ねえ、取って」

ライナスは仰天した。お兄ちゃんをあごで使うなんて信じられない。ヒナはお兄ちゃんを知らなさすぎるんだ。すごく恐いんだからね。僕は知らないよ。

けど、すごく愉快なのはなぜだろうか?

つづく


前へ<< >>次へ
 

よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0)  コメント(0) 

迷子のヒナ 129 [迷子のヒナ]

ジャスティンはヒナの写真を見て目を剥いた。

なんてことだ!ヒナは裸足ではないか!しかも、足首が見えている。いいや、すねのあたりまで丸出しだ。こんな卑猥な写真を撮るなど、日本という国はどうかしている。

「いったいどうしてガウン姿で写真など――」

「あなたまさか、キモノを知らないとでも言うの?」

「これがキモノ?キモノというのはもっと」その時ようやく、ヒナの左右にジャスティンの知る着物姿の両親が立っていることに気づいた。庭先だろうか?家族の背後の小さな池のほとりにはネコが行儀よく座ってこちらを見ている。ネコも写真を撮られていると気付いているかのようだ。もしかしてこのネコが例のネコか?ヒナの祖父が屋根の上から救ったという、あの?

不思議な感覚だった。まるで知らない人間なのに、よく知っている気がする。親しみすら感じてしまうのは、二人があまりにヒナとよく似ていたからか。ヒナの左側に立つソウスケの固く引き結ばれた唇は、ヒナが頑固に口と閉ざしている時のそれとよく似ている。思わずそっと指先でなぞり、いま彼が目の前にいたなら、何と声を掛けるだろうかと考える。
あなたの大切な息子は元気でやっています?我儘で手に負えない所もありますが、誰からも好かれ幸せに暮らしています?それとも――あなたの息子を愛してしまいました、だからヒナを俺にください、と言ってしまうだろうか?

ジャスティンは頭を振った。たとえ相手が写真の中にしか存在しないとしても、到底口に出来ることではない。

「アンはキモノがよく似合うな。とても美しく、気高い。目元がヒナとよく似ている」

赴くままに口にした言葉に、ニコラも静かに同意する。

「でしょう?こんなに幸せそうなアンの姿を見るのは結婚式以来よ。といっても、あの二人は駆け落ち結婚をしたわけだから、わたしが見たのは二人をこの国から送り出す時だったけどね」

「すぐにこの国を出たのか?」驚いて思わず口をついて出る。口のきき方には注意していたが、そんな些末な事はどうでもいいくらい、二人の成り行きについてもっと詳しく知りたかった。

ニコラは特に気にするふうでもなく、夕食前に中途半端になっていた話の続きを話し始めた。

「すぐに出国しないと、二人とも伯爵に殺されていたわ。きっとあなたは冗談だと思うでしょうけどね」

思うはずがない。彼はヒナの存在を無視した冷酷な男だ。「なぜそんなにすんなりと出国できたんだ?」どう考えてもニコラひとりの力でそんなことできるはずがない。

ニコラは微笑んだ。

「何か気付かない?どうしてわたしがグレゴリーと結婚したのか――ううん、なぜグレゴリーが花嫁を奪われるのを黙って見ていたのか」

「おい、嘘だろう?まさか、あいつが一枚噛んでいるのか?」

「巻き込んだのはわたし。正確に言うと、わたしが奪われた花嫁の代わりになるから、アンとソウスケをこの国から出して欲しいとお願いしたの。まあ、そこですったもんだのやり取りがあって、わたしが勝利を収めたって訳」

そのすったもんだの部分を聞きたいとジャスティンは思ったが、知らない方が誰にとっても幸せだろうと、そこは追及しなかった。

「どうしてアンの代わりに兄と結婚を?」純粋な疑問だ。

「わたしはアンと違って結婚に対して夢見ることもなければ、過度な期待もしていなかった。うちの父は伯爵以上の相手との結婚を望んでいたし、グレゴリーは申し分ない相手だった。多少性格に問題はあるけど、あのとおり容姿は完璧。わたしのほうも、向こうが要求する条件をクリアしていたから、結婚は予定よりもずっと早くに行われたわ」

グレゴリーの要求する条件?なんだそれは……。

ジャスティンは色のない写真を見おろし、アンとニコラの容姿がどことなく似ていることに気づいた。アンの髪はおそらくパーシヴァルのそれと近い。瞳の色もだ。

まさか――緑色の瞳と金髪とか言わないよな?

つづく


前へ<< >>次へ
 

よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0)  コメント(0) 

迷子のヒナ 130 [迷子のヒナ]

ベネディクトの当初の計画では、ライナスとヒナが親密になるのを阻止し、なおかつ敵がどういう素性のものなのかを探るはずだった。

それなのに、肝心な話は一切できないまま――ほとんどヒナが話を聞かないからだ――ただのぼせただけで終わった。

あつい。
ベネディクトは手の平で顔をあおいだ。
涼むためにテラスに出たが、今夜に限っていつもは山から降りてくる風がぴたりとやんでいた。そのうえヒナが一緒に涼むと言って、籐製の長椅子にバスローブ姿で横になっている。暑苦しさ全開でお喋りに花を咲かせようと目論んでいるらしく、いまはよく冷えたレモネードの到着を待っているところだ。

ライナスは夜風に当たるのを禁止されているので、駄々をこねたものの、健闘むなしく近侍に引きずられていった。

それでよかったと、ベネディクトはいつになくホッとしていた。
ライナスはヒナと瞬く間に仲良くなり、兄の言う事はもはや聞く耳を持たないのではと思わせるところがあった。

そんなこと、あってはならない。

ベネディクトはヒナに攻撃を仕掛けた。

「お前の両親はどこの誰だ?」

ヒナはベネディクトに質問にやや驚いた様子で身を起こした。

「言わなきゃ」そう呟き、椅子からおりた。

またしてもまったく話を聞かないヒナにイライラが募る。ベネディクトは常に平常心を保つように己を律していたが、ヒナ相手だと平常心というものがどういうものだったのかすら分からなくなる。

「ちょっと待て!どこへ行く?」

「ニコに言わなきゃ」ヒナはじれったそうに答えた。

なんて礼儀知らずなんだ!
侯爵夫人であるお母様を、ニコなどというたわけた名で呼ぶなど、腹立たしいことこの上ない。

「さっきも言ったが――」って聞いてないっ!

ヒナはテラスから室内に入り、ニコラのいる居間に向かって走り出していた。もはやベネディクトの声など届かない場所へと行ってしまったと思われたが、レモネードとフルーツタルトを手にしたバックスとともに、ヒナは戻って来た。

「ねえ、バック。レモネードは甘い?すっぱい?」バックスと並んで歩きながらヒナが訊いた。

「ヒナお坊ちゃま、レモネードは甘酸っぱい飲み物でございます」

「そうなの?ヒナのうちでは甘いよ」と言って、ヒナは元の椅子に座った。

「さようでございますか」バックスは穏やかに返事をし、モザイクタイルをあしらったテーブルに汗をかいたデキャンタとグラスをふたつ、フルーツタルトを置いて姿を消した。

「ベンも飲む?」ヒナは自分のグラスにレモネードをたっぷりと注ぎ、ベネディクトのグラスの上でデキャンタを傾けたまま尋ねた。

「飲む」と一言。

グラスは満たされ、二人は喉を潤した。

それからヒナは驚くべき行動に出た。
フルーツタルトの乗った皿を自分の方に引き寄せたかと思うと、満面の笑みでフォークを手にした。

え?ええっ!まさか丸ごと独り占め?

「おいっ!ひとりで食べる気か?」特に食べようとは思っていなかったが、そっちがその気なら、是が非でも食べてやる。

ヒナのフォークが空を切る。

「ええ……もしかして食べるの?」ありえないほど不機嫌な声で不満をあらわにし、ヒナは渋々ケーキナイフを手にすると、ベネディクトの分を取り分けた。

ペラペラじゃないか!

つづく


前へ<< >>次へ
 

よろしければこちらをぽちっとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


web拍手 by FC2


nice!(0)  コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。